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「苦悩と貧困の1971年、バングラディシュの国民に同情を示した、ジョージ・ハリスンを、最愛の人と考える」
〜バングラデッシュ大統領、バドルドザ・チョードリ(Badruddoza Chowdhury)
「ジョージ・ハリスンのことを、バングラデッシュの国民は、永遠に忘れない」
〜バングラデッシュ首相、カレダ・ジア(Khaleda Zia)
「2週間前、家族ともにジョージの家に招かれました。彼はギターを弾き、私の息子が演奏するのを聴いてくれました。そして彼は、新しい曲を何曲かプレイしました。そのなかには‘Brain
Wash(ブレイン・ウォッシュ)’という政治的な歌もありました」
〜ジョージの治療にあたったレダーマン医師
「ジョージ・ハリスンはこの世界で数少ない、いい男でした。私が会ったなかでも特にいい人でした。彼がいなくなって、私だけでなく世界中が寂しくなるでしょう。本当に愛される人物でした。」
〜ソウルのゴッドファーザー、ジェームス・ブラウン(James Brown)
「ジョージの訃報を聴き、とても悲しんでいます。ものすごく寂しいです。彼はギターリストとして、多くの人にまねされるようなクラシック・ラインをたくさん発明しました。いつも忘れることができない、とても美しい曲も残してくれました。」
〜ローリング・ストーンズのリード・ボーカル、ミック・ジャガー(Mick Jagger)
「私にとって、ジョージは真の意味でのジェントルマンでした。そしてこれからもずっと。私たちはそれぞれのバンドで似たような境遇にあると感じてました。そのことが私たちの間に特別な絆を作ったのだと思います。ジョンといっしょにプレイしていますように。」
〜ローリング・ストーンズのギターリスト、キース・リチャーズ(Keith Richards)
「彼はだれからも惜しまれ、彼の音楽は永遠に生きるでしょう。彼の彼の家族に対する私的な感情から離れると、どんな音楽が彼の頭の中にあったのだろうと考え、それを聴くことができないことが唯一悔やまれます。」
クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(Crosby, Stills, Nash & Young)の、グラハム・ナッシュ(Graham
Nash)
「ジョージはいつも『静かなビートル』と呼ばれてましたが、私といるときは、よくしゃべっていました。彼にはとても誠実な友人がたくさんいます。とても悲しまれることでしょう。」
〜ジョージとともに映画『ライフ・オブ・ブライアン(Life
of Brian)』の製作をしたモンティー・パイソンズ・フライング・サーカスの、マイケル・パリン(Michael Palin)
「ジョージ・ハリスンの訃報を聴き、おおきな悲しみに暮れています。個人的な交友はありませんでしたが、世界中のだれもがそう思うように、ビートルズを友だちのようにいつも感じていました。1964年に彼らがアメリカに上陸したときは、電撃的で、私の人生で最もエキサイティングな出来事のひとつでした。彼らの音楽はこれまでも、これからも私にとって大きな意味を持つことでしょう。」
〜ビーチ・ボーイズ、ブライアン・ウィルソン(Brian
Wilson)
「私はすべてのビートルズ・ファンを代表して、非常に悲嘆に暮れていると申し上げます。いままでジョンの代わりにたとえばジュリアン・レノンを入れて再結成する、という希望がいつもありました。本当に夢は終りました。一時代が終ったのです。」
リバプール・ビートルズ・アプリシエイションの、ジョン・チェインバース(John Chambers)
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