1971年には、国家独立にからんで大量の難民を生み出したバングラデシュの惨状をシャンカールから聞き、救済のための大がかりなべネフィット・コンサートを企画。8月1日、マディソン・スクエア・ガーデンで、シャンカールのほかリンゴ、ボブ・ディラン、エリック・クラプトン、レオン・ラッセル、ビリー・プレストンほかそうそうたるメンバーを集めて決行されました。これはのちの「ライブ・エイド」などに代表されるオールスター・チャリティ・コンサートのさきがけとして高く評価されています。
またセカンド・アルバム"LIVING IN THE MATERIAL WORLD"(1973年/東芝EMI)からシングル・カットされた"Give Me Love (Give Me Peace On Earth)"も全米1位とな
り、「最も華々しい活躍をしている元ビートルズ」と言われたのはこの頃です。
1974年には北米を回る大がかりなコンサート・ツアーを敢行、好評を博しましたが、多忙に端を発する咽喉炎で声がかれてしまい、マスコミからは非難を受けてしまいます。さらに妻パティとの離婚と気分をまぎらわせるための飲酒による肝炎、'My Sweet Lord'盗作訴訟の敗訴、レコード会社の移籍に関するトラブルなど、公私ともに多くの問題が一気に噴出したのもこの時期でした。

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  しかし1978年に現夫人のオリビアと結婚、長男ダニーも生まれ、ふたたび幸せが訪れます。この頃に作られたアルバム"GEORGE HARRISON"(1979年/ワーナー・パイオニア)は、そんな心のあたたかさが伝わってくる名盤として、ファンの高い支持を受けています。
音楽以外にも、経営者として1974年にみずからのレコード会社「ダーク・ホース」、1980年には映画会社「ハンドメイド・フィルムズ」をそれぞれ設立、大衆文化に大きく貢献しました。


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