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声明を発表したポール

ポールは4月21日付で、リンダに捧げるプライベートなメッセージという形で声明文を発表した。イギリスのサセックス州にあるポールの自宅には、ポールのコメントを求めてテレビ・カメラを含む多数のマスコミ関係者がつめかけていた。報道陣が農場を離れることに同意した段階で、ポールは側近のジェフ・ベイカーに要請し、プレス協会をとおして、このメッセージを公表するにいたった。この声明は、イースト・サセックスの自宅農場で、4人の子どもたちに囲まれるなかで書かれた。1枚の白無地の紙にタイプされ、リンダへの6回のキスでしめくくられている。マッカートニー家からは、娘のメアリーが自宅農場で撮影したリンダの最後の写真数枚も公表されている。

リンダが亡くなったあと、カリフォルニアから自家用機で帰国して以来、ポールはまだ一歩も外に出ていない。リンダの遺体をだびに付し、家族が自宅に戻るまで、リンダの死は明かされていなかった。

ポール自身が明らかにしたところによると、リンダが臨終を迎えたそのときまで、ポールは一晩中リンダに添い寝をしていたという。ベッドのまわりには4人の子どもたちもいた。遺灰はリンダのお気に入りの場所だった自宅農場の森の中にまかれたが、リンダのための追悼礼拝をどこで行なうか、ポールはまだ決めかねている。



ポールから「生涯かけて愛したただひとりの人」へ捧げるメッセージ(全文)
1998年4月21日 妻リンダの悲劇的死に関してポール・マッカートニーの私的声明


リンダの死は、ほんとうに胸のはり裂けるほどの悲しみだ。
僕の家族にとっても、そして僕自身にとっても。リンダは僕にとって生涯かけて愛したただひとりの人だった。そして彼女を愛する僕の気持ちは今も変わらない。僕たちがリンダの病気と闘ってきたこの2年間はまさに悪夢だった。リンダは一度も弱音をはいたことなどなかった。そして病気に打ち勝とうという希望を捨てたこともなかった。現実には勝てる相手ではなかったのに。

僕たちのすばらしい子どもたち、ヘザー、メアリー、ステラ、ジェイムズは、このつらかった時期を驚くほどの強さで耐えてくれた。そして、リンダはこの子どもたち全員に見守られながら生きぬいてきた。

菜食主義や動物保護の運動のために闘っていたとき、リンダが見せたあの勇気はとても信じがたいほどのものだった。笑いとばされるのを承知で、食肉や家畜を扱う当局者のような人たちを敵にまわして、独力で立ち向かい、しかも活動を成功させた女性なんて、世の中に何人いるだろうか。

リンダは私生活をとてもたいせつにしていたから、リンダのことをよく知らなかった人は、たとえ彼女を見たとしてもそれは彼女のほんの一面、氷山の一角を見ていたにすぎない。リンダは僕がこれまで会ったなかでもっとも心の優しい女性だった。そしてもっとも純粋な心の持ち主だった。

リンダにとってすべての動物たちは、ディズニーのキャラクターのように、愛し尊重するに値する対象だった。リンダは他人が考えていることなどにはちっとも左右されない、非常に意思の強い女性だった。自分が「レディ」・マッカートニーだという事実を目の前につきつけられても、けっきょく彼女はそんなことで喜ぶ気にはなれないと感じていたようだ。みんなに「レディ・マッカートニー」と呼ばれているのかとだれかが聞いたとき、リンダは「そうね、そういえば一度くらいそう呼ばれたこともあったかしらね」と答えていたくらいだ。

30年間もリンダと恋人同士でいられたのは、僕だけに与えられた特権だ。そしてその30年のあいだずっと、どうしても避けることのできなかったあるいっときを除いては、僕たちは一晩たりとも離れて過ごすことはなかった。よくみんなから、それはいったいなぜだと聞かれたものだ。そんなとき、僕たちはこう言ってやった。「(離れて過ごすなんて)いったい何のために?」と。

写真家としての腕にかけては、リンダの右に出るものはほとんどいなかった。彼女の写真には強烈なほどの誠実さ、つまり美に対するたぐいまれな感性が現れている。

母親として、リンダは最高だった。僕たちは常に、子どもたちに望むのは思いやりの深い人間に育ってほしいということだけだと話していた。そして、実際にそういうふうに育ってくれた。僕の家族はみんなほんとうに仲がいい。だからその分、リンダの死によって、僕たちの生活にはぽっかりと大きな穴があいてしまった。リンダの死を乗り越えることは決してできない。しかし、いつかきっと僕たちがリンダの死という事実を受け入れられるようになるときが来るのではないかと思う。

リンダが喜ぶいちばんの追悼は、みんながベジタリアンになることだろう。近ごろは実にさまざまな食物が手に入るようになったので、ベジタリアンになることは多くの人たちが考えているよりずっと容易になっている。リンダが食品業界に足を踏み入れたのは、たったひとつの理由からだった。これまで人間の社会や伝統が強いてきた残虐な扱いから、動物たちを救い出すことだった。

リンダほどビジネスウーマンらしくない女性を、僕は考えつくことができない。それでもリンダは動物の権利保護を求めて果敢な活動をくりひろげてきた。そして食品業界の大実業家にまでなってしまった。ライバル会社がリンダの商品の類似品を売り出したという報告を受けたとき、リンダが言ったのは次のような言葉だった。「よかった、これで私は引退できるわ」。彼女は決してお金のためにビジネスをしていたわけではない。

リンダの最期は突然のことだった。ほとんど苦しむこともなく、愛する家族に囲まれて、彼女は逝ってしまった。臨終を迎えようというとき、子どもたちと僕はリンダのそばにいた。子どもたちひとりひとりが、どれだけ彼女のことを愛しているか伝えることもできた。最後に、僕はリンダにこう話しかけた。「君は美しいアパルーサ(注:リンダの愛馬の名前)の背の上で揺られてる。春の気持ちのいい日だ。僕たちは森の中で乗馬を楽しんでいる。ほら、あたり一面には釣鐘草が青い花を咲かせている。そして空は青く澄みわたっている」。最後はほとんど言葉にならなかった。リンダは目を閉じて、僕たちのもとからすーっと旅立ってしまった。

ふたりといない特別な人だった。リンダと出会ってから、世の中をそれまでよりもっといいものだと思えるようになった。

彼女の愛のメッセージは、これからも永遠に僕たちの心の中で生き続けます。

愛してるよ、リンダ。ポール ××× ×××


この記事の掲載が、予告よりも遅れたことをお詫びいたします。

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