「ジョージ・ハリスン追悼」特集【その2】


元ビートルズの死、そんな瞬間が現実に訪れるなどとは1980年12月8日まで誰も思わなかっただろう。というか、考えたこともなかったはずだ。レコードの中のジョンは、時には激しくシャウトし、時には切々と歌い、フィルムの中では躍動していた。ポールもジョージも、そしてリンゴも、あの頃と変わらぬまま、僕らの心にいた。そして永久(とわ)の時を経ても、それはずっとそのままの姿であるべきものだった。ビートルズとは、時の魔法のようなものであり、その魅力に翻弄された者の心に永遠に実像を結ぶ存在、そういうものだと僕は思っていた。それがあの日……。凶弾に倒れたジョンの訃報を聞いて、僕はビートルズも人間だったことを思い知らされたのである。そして、昨年11月末のジョージの死。それはジョンの時よりも一層の現実感をともなっていた。インターネットやニュース記事などによると、世界各国でメモリアル・イベントが開かれたようだが、どこでもその事実をきっちりと受け止めて、ことさら大騒ぎをせずに、本当に心からの哀悼の祈りを捧げていた、という印象がある。 先の2月24日、ジョージの誕生日に、ここ日本でも追悼イベントが行なわれた。会場となったよみうりホールには、開演前から入場を待つ長蛇の列ができ、大きな花束を持つ人も目立った。大勢の人がつめかけ熱気にさえ溢れている。厳粛であるべきイベントを指して“熱気”などというのは不謹慎かもしれないが、ジョージの持つ求心力が人々の心に感応して会場の温度を上げているかのようだった。ステージの壁には、大きなジョージの写真。そして、ステージの上がり口のところには献花台が設けられ、会場に入るやいなや、そこにまっしぐらに進んで花束を置き、静かに手を合わせる人たち。花束はみるみるうちに増えていく。



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