ビートルズの伝説で、ポールのアストン・マーティンDB6の重要性をさらに深めるエピソードがあります。 1968年、ジョンが離婚したとき、ポールはジョンの元妻シンシアと息子ジュリアンが住むウェイブリッジの家を訪れました。ロンドンからの道中、ポールは5歳の少年ジュリアンを励ますために‘Hey Jude’をつくりました。その後、歌詞を若干変更された‘Hey Jude’は最初の6ヵ月だけで500万枚を売りあげ、ポールが1972年にアストンを手放すときまでには700万枚が売れました。この曲は、最も成功したビートルズのシングルになっています。 ポールは、この車の助手席側のダッシュボードの下にあるフィリップスのカセットデッキにこの歌を録音しました。そのころポールがもう1台所有していたミニ・クーパには、このような曲づくりのための特別な装置はついていませんでした。



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