新着ニュース


イギリスの『タイムズ』紙によるポールのインタビュー


10月5日の『タイムズ』紙に、ニュー・アルバム『ラン・デヴィル・ラン』についてのポールのインタビューが掲載された。インタビューはロンドンのMPLの事務所で行なわれている。主な内容は以下のとおり。

ロックンロールが大好きだったリンダについて。
「僕らがイギリスから海の向こうのロックンロール・シーンを見ていたころ、リンダはロックンロール誕生の地ニューヨークにいた。アメリカではオープン・カーが走っていて、パラマウント・シアターでは1回のショーに、バディ・ホリーやジェリー・リー・ルイス、チャック・ベリー、ファッツ・ドミノ、それにエバリー・ブラザーズがみんな出演していたんだよ!しかもバディたちはショーの出演者のうち、最初のほんの4〜5組にすぎなかった。リンダはそういうすごいショーに熱中してたんだ」
『ラン・デヴィル・ラン』について。
「知性に訴えるようなレコードじゃなくて、ルーツに立ち返るようなセンチメンタルなレコード。懐かしいと目にとまった曲から聴いてもらえればいいかもしれない」
ビートルズ神話のなかで、「ジョンはロック系、ポールはバラード系」だと思われていることについて。
「ハンブルクでは、ジョンは‘The Harry Lime Theme(第三の男のテーマ)’みたいなのをよくやって、僕は「ロング・トール・サリー」みたいな曲をよく歌っていた。実は、ごく初期のころ、僕はどちらかというとシャウトするような強烈なロックのほうをよく歌ってたね。おそらくジョンよりも。その当時の僕らを見てたとしたら、僕のことを『やつはバラード系だな』なんて絶対に思わなかっただろう。僕もジョンも同じような感じだったんだ、ほんとうに。だけど僕が「ロイヤル・バラエティ・ショー」で「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」を歌ったり、『エド・サリバン・ショー』で「イエスタデイ」を歌ったりしたから、みんなは僕がバラード路線だと思うになってしまった。実際には、そんなことはなかったんだよ」
リトル・リチャードの「シェイク・ア・ハンド」の思い出について。
「ビリヤード台と大きなジュークボックスがあるハンブルクのあるバーで初めて聴いた。あのころ、よくデリー&シニアーズ(ハウイ・ケイシーのいたバンド)や、そんな連中たちとビリヤードをしたりおしゃべりしたりしてた。僕もデリーもリトル・リチャードの大ファンだった。デリー・ウィルキーはディングル、今でいうトクステスから来た黒人の男で、よくふたりでばかなことをしたりして笑ってたよ。デリーがあるとき、(リトル・リチャードをやらせたら)僕にはかなわないと言った。ビートルズとしてヒットする直前のことだ。『恐れ入ったよ、俺よりもおまえのほうが格段上だ』なんて言われたんだ。『やった!』って気分だったね」


[新着ニュース一覧にもどる]